「東京駅東西ハイブリッドバス乗り比べ」FCHV−BUS編(前)


遂に日本にも燃料電池バスが登場!

平成11年春、「乗りやすくバリアフリーな低床車」と「環境に優しい低公害車」の両立をめざして、 東京都交通局 (以下「交通局」または「都バス」「都営バス」)が 全国に先駆けてCNG(圧縮天然ガス)ノンステップ車を2台導入、北営業所と深川営業所に各1台が 配置されてデビューを飾った。
これまで低床車と低公害車の両立は、ハイブリッド機構やガスタンクなどのサイズや重量から困難で、 低床車を低公害化するにしてもアイドリングストップ機構や酸化触媒、DPF(黒煙フィルター)が精一杯だった。 CNG車は窒素酸化物や炭化水素の排出がディーゼル車より少なく、日本でディーゼル車が嫌われる要因となった 黒煙を出さないため低公害車として有力視されていたが、CNG車を低床車と組み合わせることができたのは 高圧ガス保安規則の緩和によるもので、これまで鋼鉄製に限られていたガスタンクを軽い素材に代え、 屋根の上に載せることで低床化を実現した。 CNGノンステップ車は路線バスのひとつの理想型として、高価ながらもそのコンセプトが評価されて 国内4メーカーから発売されたことで全国的に導入が進み、CNG仕様車の設定がない車種を CNG車に改造する業者も現れている。

乗りやすい低床車と環境に優しい低公害車を両立させた
ひとつの回答:CNGノンステップ車
(都バスS−E400、いすゞKC−LV832L改)

そのCNGノンステップ車から4年を経た平成15年夏、今度は究極の低公害車の最右翼ともいえる 燃料電池車が都バスに登場、8月28日から平成16年末まで日本初の営業運転に供された。

その前に平成14年秋の第36回東京モーターショーでは、日野の大型路線バス 「ブルーリボンシティ」をベースに トヨタと日野が共同開発した燃料電池バス”FCHV−BUS”の公道テスト車が展示され、 会場で試乗に供された三菱ふそうの電気式ハイブリッド路線バス 「エアロスターHEV」共々注目を集めた。


第36回東京モーターショーで展示された
トヨタ&日野ブルーリボンシティFCHV−BUS2
(公道テスト車/S−L111と同型)
※現車はJHFCにリースしてテスト走行中

一足早く営業運転に就き、第36回モーターショーでは
来場者の試乗に供された三菱ふそうエアロスターHEV
(遠州鉄道)
一方、平成11年には米イリノイ州シカゴ、カナダ・ブリティッシュコロンビア州バンクーバーで ユナイテッドテクノロジー社サンダーボルト社の燃料電池バスが、 今年6月には欧州のCUTE(Clean Urban Transport for Europe: ヨーロッパのためのクリーンな都市交通)プロジェクト およびECTOS(Ecological City Transport System:環境配慮型都市交通システム)プロジェクトの 一環として、スペインの首都・マドリッド自治州で ダイムラークライスラー 「メルセデスベンツ(エボバス)・シターロ」の燃料電池バスが 試験的ながらも営業運行を開始したことで、燃料電池バスの「日本代表」FCHV−BUSの一日も早い 営業運行開始が期待されていた。

ここで燃料電池について軽く触れておくと、燃料電池は水素を電池セルの内部で大気中の酸素と 化学反応させることで発電する。 その際に発生するものは水(と熱)なので汚染物質はほとんどなく、また水素も石油以外の物質から 大量かつ容易に確保できるので、近未来の「石油に代わる無公害エネルギーシステム」といわれる所以だ。
化学の授業で学んだ「水溶液の電気分解の逆」が燃料電池の動作原理と言えば わかりやすいだろうか。
「燃料」という言葉がつくので化学反応は起こるが、内燃機関と違って摩擦エネルギーや燃焼エネルギーは ないため騒音や振動は原理的に発生しない。 また「電池」といえど外部から燃料の水素を供給することで動くので発電機にも近いが、 回転エネルギーも必要ないのでどちらにも似て非なるものである。


企業への燃料電池コージェネ導入例:
名古屋栄ワシントンホテルプラザ
(名古屋市中区、左写真がホテル屋上の燃料電池本体)

燃料電池は当初は宇宙ステーションの電源・熱源、いわゆるコージェネレーションシステムとして 開発されたが、現在は企業や家庭用のコージェネや自動車、鉄道車両、 さらには小型化して携帯電話やノートパソコンのような電気機器にも採用されようとしている。

もしかしたらFCHV−BUSの出番になっていた!?
日の丸自動車興業の無料巡回バス「東京ベイシャトル」
(平成15年に導入されたデザインライン製増備車)
今回実施される、FCHV−BUSの営業運行第1号となった「燃料電池バス・パイロット事業」は、 東京都の「有明水素ステーション・パイロット事業」並びに経済産業省の「水素・燃料電池実証プロジェクト」 (以下JHFC※4)及び 国土交通省の「燃料電池自動車実用化促進プロジェクト」とも連携して実施している。
そのステージに港区台場や江東区青海・有明周辺:いわゆる臨海副都心エリアを対象にすると聞いて、 FCHV−BUSを日の丸自動車興業が運行する 同地の無料巡回バス 「東京ベイシャトル」に 投入するのか!?と気を揉んだ。
しかし日の丸はベイシャトルに新車を導入したもののディーゼル車だったので杞憂に終わり、 後になってFCHV−BUSを都バスの路線で走らせることが決まったときは、都バスファンとして驚いたと同時に 嬉しい限りだった。最近の都バスにとっては久々の朗報である。

平成15年8月27日に都庁でのお披露目式を経て、翌28日から奇しくもCNGノンステップ車 導入路線第1号となった東16系統(東京駅〜月島駅〜豊洲駅〜有明テニスの森〜ビッグサイト)で 営業運転を開始した。
事実上都バス初の、そして現時点で都バス唯一のブルーリボンシティとなるこの車、 注目の局番:交通局での車両番号はL代(平成15年度購入車)の111号車、登録番号は都バス初の希望ナンバーで 「足立200あ・・・1」と1づくしの番号が与えられ、 国内の燃料電池バス運行一番手を意識しているかのようだ。

僕も都バスファンの一員として一日も早く乗りたいと思うのは当然のこと。 しかし困ったことにこの車に乗るには実質3週間も待たされた。
この車は交通局に1台しかなく、しかも日替わりで2つの系統を走る。 更に後述する理由からダイヤ固定で午前中だけしか走らないので、攻略するには平日に休暇を取るか 週末・休日を狙うしかない。
そこで所轄の深川営業所に電話で問い合わせたり、 交通局の都バス運行状況サイトで 運行状況を追跡したが・・・

9月6〜7日:  車両故障で臨時入場
9月13〜15日:有明にある水素ステーション(給油所に相当する施設)の設備に
         不具合が発生
         =バスに水素を供給できないため、ステーション修復まで運行不能

こんな具合で2週間も連続で出鼻をくじかれていた。
9月27日には日比谷公園で開催される「バスの日フェスティヴァル」にこの車が出展されるため、 それまでには乗っておきたいと思っていた。

そして運行開始から3週間を経た9月20日、待望のS−L111試乗が実現した。 辛くも日本のバス100周年を記念して開催される「バスの日フェスティヴァル」開催1週間前だった。

車両故障について更に書くと、平成16年6月になって水素タンクの圧力センサーに不具合が見つかり、 対策を施せるまで1ヶ月余り運休を余儀なくされました。
燃料電池スタックや制御系、足回りなど走行に直結する部品ではなかったのが幸いとはいえ、 最近は某社がリコール騒動で大変なことになっているので、今後は万全の状態で運行してくださることを願いたいです。

また大変悔しいことに、平成16年10月には都03「グリーンアローズ」で四谷駅に来ていたS−L111が 折り返し待機中に先発のバスに追突する事故を起こして前面を損傷、1週間ほど入場する事態が発生しました。
修理を終えたのも束の間、同じ頃にトヨタの燃料電池車FCHVシリーズが一斉回収・修繕の憂き目に遭ったことで 貴重な2ヶ月を棒に振り、12月のラストランではとうとう東京駅に姿を現すことはできませんでした。

「満を持してやっとご対面」夢の「超」低公害車


この日は東京駅八重洲口から月島・豊洲を経てビッグサイトを結ぶ東16系統で走る。
朝だけとはいえども1日に3往復(平日の東16なら途中折り返しを含めて5往復)走るので、実質的には昼前まで 乗るチャンスがある。
少し出遅れたが東京駅へ向かい、2往復目となる9時30分発のビッグサイト行きで試乗することにした。

9時28分、東京駅八重洲口にS−L111が到着。前出のように日野の大型路線バス「ブルーリボンシティ」の ノンステップ車がベースになっているが、水素タンクやエアコン、機器室の吸気口・排気口を一体のケーシングとして 屋根に設けている分、車高が3.36mとCNGノンステップ車並に40cm近くアップしている。 ハイデッカー観光バス並の高さだが、同じ八重洲口から旅立つ高速バスと並んでも、水・太陽・花をイメージした ラッピングによる派手な外観と相まってインパクトは十分だ。


待望の?カップリング・その1:
メガライナーとの並び@東京駅八重洲口

その2:
タービン電気バスとの対峙@宝町付近
この結果八重洲口の新しいシーンとして、JRバス関東&関東鉄道が東京〜つくば線に導入している長さ15mの ドイツ製二階建てバス「ネオプラン・メガライナー」と S−L111の並びが平成16年2月に実現した。
更に平成16年3月からは日の丸の無料巡回バス「メトロリンク日本橋」が運行を始めたことで、 丸の内シャトルで活躍するニュージーランド・ デザインライン製タービン電気バスが 八重洲口でも見られることになり、新世代電気バス同士の競演も展開されることになった。
※平成16年10月には逆にFCHV−BUSが都05系統「グリーンアローズ」で丸の内南口にも顔を出すよう になったことで、丸の内シャトルとの競演も実現していた・・・はずでした。
ユニバーサルデザインコンセプトを取り入れた車内は、FRP製のシートやノンステップ部分の跳ね上げ座席など、 基本的にはモーターショー展示車と同一仕様。 そのため標準的な都バスの内装とはかけ離れているが、跳ね上げ座席と優先席の背もたれにプリントされたドットが 都バスのオリジナルキャラ「みんくる」に改められて、都バス向けにコーディネートされている点が目を引く。 欧州のシティバスのように吊り手が廃止されたのもユニークな試みだ。
また車内最前部のLED表示器にくわえて液晶ディスプレイを搭載、 運転席背面のものはゴールドキング「アドムーヴ」を 採用して車内放送システムと連動させており停留所や乗り換え案内を表示、 車両中央部のものはFCHV−BUSをPRするビデオを流している。
運行開始から3週間が経過したが相変わらず注目度は高く、八重洲出発時点で乗り試し組が結構いた。 しかし終点のビッグサイトで大きなイベントがなかったのか、東京駅出発時点では座席が半分埋まった程度に留まった。

9時30分、高速バスに先導されるように東京駅を出発する。
車内放送では通常のプログラムに「このバスは(環境に優しい)燃料電池バスです」が付加されており、 大柄な外観や統一された車内掲示物、オリジナルビデオと相まって、現在乗っている車が燃料電池バスであることを 至る部分でアピールしている。
このときの客層としては、僕のようにS−L111を狙って乗った人か、たまたま乗った便がこの車だった人に 二分されるだろう。


東京駅八重洲口を出発
東京駅を出て八重洲通りを東へ走る。S−L111は車重がベース車に比べて重くなっているとはいえ、 低回転域での大トルクを生かし、周囲の流れに乗って悠々と走る。 さすがに週末なのでオフィス街の八丁堀付近から乗る人はさすがに少ない。 朝夕ラッシュ時なら通勤客を満載して隅田川の手前にある住友ツインビル返しも走るくらいなのだが・・・

その住友ツインビルの先で、 いすゞの路線バス「エルガ」の カタログ撮影にも使われた(と思われる)隅田川の中央大橋を渡る。 橋の前後は勾配になっているが、新川(東京駅)寄りは勾配がきついのでモーター音がうるさくなるだろう・・・ と思ったが、意識して聞いていない限りはそんなにうるさくなかった。 ただ月島駅出発後に晴海運河の佃大橋を渡るときは交差点を左折した直後なのでそれなりにうるさかったが、 エンジンの高回転時ともまた違った音質で耳障りには感じられなかった。
従来のバスなら登坂時はエンジンに高負荷がかかるので騒音・振動が大きく、黒煙をはじめ窒素酸化物、硫黄酸化物など 有害物質が出やすい状態だった。 しかしFCHV−BUSではこういった高負荷時は燃料電池で発生する電流だけでなく、減速時に回生ブレーキで発電して 充電したバッテリーも利用して大電流を確保する。 勿論エンジンを搭載していないためディーゼル車で問題の黒煙や窒素酸化物とは無縁、環境に優しい走りでは一歩上をゆく。 目に見えてわかるものといえば車両後部から排出される水蒸気くらいだ。
某輸入車ディーラーで一時期使われていたコピーに「俺のはお前のより静かに速い」という謳い文句があるが、 その店でチューンされた車に加速性能や最高速度はかなうべくもないが、静かさは本物だ。


中央大橋を渡って佃島のリバーシティ21へ

月島駅を出発して佃大橋への上り坂に挑む

中央大橋を渡ると佃島にさしかかり、石川島播磨重工の 造船所跡地といわれている大川端リバーシティ21を抜ける。 佃2丁目の先、相生橋の南岸で東京駅から延々と続いてきた八重洲通りと別れて清澄通りを少し南下すると月島駅。 大江戸線や有楽町線への乗り継ぎか乗客が少し入れ替わる。
月島駅を出るとすぐに左折して佃大橋にとりつき、晴海運河を渡ると坂を下って晴海総合高校をかすめ、 春海橋の西岸で突き当たって晴海通りへ左折。 将来芝浦工業大学が やってくる石川島播磨重工の跡地を見ながら、深川営業所管轄路線のジャンクション、豊洲駅に到着。
ここからはS−L111のもう一つの舞台、門前仲町からやってきて台場方面へ行く海01と同じルートを走る。


江東区東雲・有明周辺の都バス路線図(ヴァル研究所「駅すぱあと」より出力、改変)
蛇足だが平成15年春からこの東16系統は東雲周辺で経路が変わった。 それまでは晴海通りをそのまま直進して所轄の深川営業所の前を通り、 東雲駅の南で湾岸道路&りんかい線の東側に抜けてビッグサイトをめざしていた。 ところが変更後は深川営業所入出庫便を除いて海01系統のビッグサイト発着便同様深川営業所の手前、 ジャパンエアガシズ (旧「帝国酸素」〜「日本エアリキード」)で右折して東雲都橋〜テニスの森〜フェリー埠頭入口 (ビッグサイト発は通過)と大回りして、南からビッグサイトに出入りするようになってしまった。 都橋付近の住民や有明コロシアム、有明クリーンセンターに併設されている江東区有明スポーツセンターへ 行く向きには朗報だが、ビッグサイト目当ての利用者には遠回りになっただけでなく本数も減らされていい迷惑、 更に平成14年末のりんかい線大崎延長が影響して東京テレポート発着便はもっと減らされている。 現在ビッグサイトの駐車場の一角に癌研有明病院が 建設されているが、ゆりかもめの豊洲延長後も含め今後の変化が気になる。

トリトンスクウェアを背に春海橋を渡る

豊洲駅に到着(後方右手に霞むビルは日本ユニシス)
9時53分、有明テニスの森公園へ向かう中学生を大勢乗せて豊洲駅を出発、再び晴海通りを進む。 東雲1丁目付近で行われている旧三菱製鋼跡地の再開発は夏コミへ行くときに 東雲キャナルコートに 様変わりしていたことを確認しているが、更に東雲橋交差点の角にはイオン東雲ショッピングセンターが 開店を待っている。 「新しい街」に「近未来志向のバス」はマッチし、受け入れられるだろうか。

キャナルコート東雲前で右折

有明テニスの森に到着
テニスの森公園の南で左折して東に進路を変え、有明クリーンセンターの先で首都高速湾岸線をくぐると、 右手の水の科学館の奥にJHFC有明水素ステーションが望める。 S−L111を走らせるために必要な施設で、運用の後はここでエネルギー源の水素ガスを充填する。
パルティーレ東京ベイウェディングビレッジ前で左折してゆりかもめに沿って走り、 国際展示場正門駅の下で右折して10時11分、終点の東京ビッグサイトに到着。 大規模イベント開催時は来場者と臨時バスでごった返すビッグサイトのバスターミナルも、この日は静かだった。
S−L111はビッグサイトで小休止ののち、再び東京駅〜ビッグサイトを1往復した後深川営業所に入庫、 メカニックが水素を充填しに行って1日の運用を終える。 運転士は昼休みを挟んで別のバスに乗り継ぎ、もう一仕業こなすようだ。

ビッグサイトからは燃料電池バスの先輩格にあたる日野のディーゼル・電気ハイブリッド車 ”HIMR”※4を試しながら虹01に乗って、ハイブリッド車の進化ぶりを 確かめてみるのもいいだろう。


ビッグサイトで折り返して再び八重洲へ

感想:とにかく「サイレント」の一言

今回の試乗では従来のバスを遙かに超える静寂性とスムーズさが印象に残った。
通常のバスではエンジンが床下にあるため、(構造にもよるが)エンジンの熱や振動が客室にも伝わってくる。 しかしエンジンに代わってFCHV−BUSに搭載されている電源デバイス:燃料電池スタックは そういった要素とは無縁で、聞こえてくるのはモーターや送風機、コンプレッサー、エアコンの駆動音程度。 それも意識して聞いていなければわからないレベルで、窓を開けていれば車内よりも外の方がうるさいほど静かだ。
後日乗客に実施されたアンケート調査でも、静寂性と加減速時のショックの少なさが多くを占めていた。 勿論停車中はモーターに給電されず燃料電池スタックもエアコンやバッテリーへの補充電以外は止まるので、 無駄なエネルギー消費がない。
但し車外では燃料電池へ水素か空気を送り込むポンプの音か、カチカチとかチクチクという音が聞こえる。

排気管から出ているのは排気ガスや白煙ではなく
燃料電池で発せられた水分(ビッグサイト)

従来のバスではアクセルペダルの踏み込み量に応じてエンジンのシリンダーに送る空気や燃料の量を調節し、 更にエンジンの回転をトランスミッションで調節していた。 しかしFCHV−BUSは燃料「電池」を電源としてモーターで駆動する電気自動車の一種なので、 アクセルペダルは残れども電車のようにモーターに流す電圧・電流・周波数を制御するために トランスミッションやクラッチがなく、シフトレバーのポジションは前進(D)・ニュートラル(N)・後退(R)のみ。 ブレーキも従来の圧縮空気でパッドを押すエアブレーキは残るが、モーターを減速時は発電機として活用して バッテリーに充電する電力回生ブレーキが主体となるため、加速・減速はスムーズかつリニアで、 オートマチック車でも逃れられなかったギアチェンジのショックとも無縁である。
低振動といえばF1マシンや高級乗用車に代表されるV型多気筒エンジンや マツダのお家芸ロータリーエンジンが思いつくだろうが、これらにCVT(無段階トランスミッション)を組み合わせても 燃料電池車にはまだ届くに至らないと思われる。
またカタログスペックだけ見ると総重量15〜16t(重量データ非公開のため推計値)に対して 最高出力は160kW(80kW×2台≒220PS)、 最大トルクは520N・m(260N・m×2台≒53kgf−m)と排気量8リットル前後の中型バス並だが、 ガソリン・ディーゼルを問わずエンジンならある程度回転数か排気量を上げるか、 またはターボチャージャーやスーパーチャージャーで過給しなければ得られない最大トルクを 低い回転数で得ている点は目を引く。


FCHVの乗用車バージョンはクルーガーがベースで
バスにはこのコンポーネントを2組搭載
(東邦ガス総合研究所)
これは発進時に必要な低回転域のトルクが大きいことを意味しており、都市部の路線バスに適している 特性といえるが、乗用車用のコンポーネントを2組搭載していることを考えれば 「必要にして十分」な数値かもしれない。
乗用車とバスの性能を対比させるのはナンセンスだろうが、参考までにトヨタの燃料電池自動車FCHVは SUVのクルーガー(排気量2.4リットル〜3.0リットル)をベースにしており、 FCHVとクルーガー(2.4リットル車)を対比させた場合、 最高出力はカローラの1.5リットル車並みに80kW<118kWと劣るものの、 最大トルクはクルーガーの2.4リットル車を僅かに上回る260N・m>221N・mだが、 クルーガーの最大トルクは4000rpmで発揮するため、実用領域ではモーターで駆動する FCHVの方が低回転高トルクとなる。
ただ長い上り坂や高速道路を走る場合は最高出力がものを言うが、 FCHV−BUSはまだそのような路線への導入は想定されていないのか、燃料電池スタックの開発が伴わないのか、 出力220kW(≒300馬力)前後の高出力型の開発はまだ聞いていない。
※FCHV−BUSのベース車:ブルーリボンシティのエンジン(P11C+ターボ)は 排気量10.5リットルの直列6気筒で、出力184kW(250馬力)、 最大トルク883N・m(90kgf−m)。
参考までに、通常このクラスの路線バスでは排気量10リットル前後の直列6気筒エンジンを積むところを、 いすゞキュービックの後期型やエルガの前期型(LV280&380系)はオーバースペックとも思える 15.2リットルのV型8気筒エンジンを搭載していた。
これは当時の排出ガス規制に適合させるだけでなく、当時のいすゞのポリシーとして多気筒化による振動の抑制、 発進時の低速トルクを稼ぐ目的があった。
(エルガの最新型では中型路線車「エルガミオ」の直列6気筒7.7リットルエンジンをターボ化したものに統一)
これはFCHV−BUSの先輩HIMRや、いまやハイブリッド乗用車の代名詞ともいえる トヨタプリウス、米国アリソン社の EPシステムの ように、 エンジンの回転をモーターで補佐し、かつ減速時にモーターを発電機として活用し回転エネルギーを電気エネルギーとして 蓄えて再利用する「パラレル式ハイブリッド」を採用することで、有害物質の排出量低減と燃費改善に 貢献していることからもご理解いただけよう。
なおFCHV−BUSやエアロスターHEV、タービンEVはモーターを動力源として、 一次エネルギー源(燃料電池やエンジンなど)は発電に徹する「シリーズ式ハイブリッド」である。
モーターはベース車の駆動系を流用したのでエンジンルームに配置されているが、モーターの熱対策が解決されるなら、 将来は小型で後部の通路幅確保に有利なホイール内蔵タイプの採用もありうる。

FCHV−BUSの直属の先祖、日野HIMR
(都バスA−A464)

プリウスなくしてFCHV−BUSも生まれなかった?
(東京オートサロンに展示された競技仕様車:参考出品)
FCHV−BUSは前出のエアロスターHEVや別稿で触れる日の丸自動車興業のタービン電気バスと異なり 電源に内燃機関を使わないので、排出ガスを出さないことから低公害性でも一歩勝る。 停車時に微かに見える水蒸気や静かな走りが、燃料電池バスが 「無公害車:ゼロエミッションヴィークル(Zero Emittion Vehicle)」に近づいていることを実感させてくれるだろう。
またバスを含めて後ろにエンジンを置く車は構造上重心が後ろに偏りがちだが、 FCHV−BUSでは車両前部の屋根に水素タンクを搭載、前扉から車椅子が乗車できるように オーバーハング(前後の各車軸から外への張り出し)が長いため前後の重量バランスが改善されており、 前輪のサスペンションの余計なばたつきが減少して乗り心地が向上している・・・と思うのは気のせいだろうか?

なお中京地区では、平成17年に開催される「愛・地球博」で 長久手会場と瀬戸会場を結ぶシャトルバスにFCHV−BUSが8台就役しますので、お楽しみに。
(乗車レポートはこちらを参照)


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